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修養会(中2)(12/8UP)

2023.12.08

[行事]

<この記事は、中学2年の生徒による礼拝での修養会報告をもとに再構成しました>

7月上旬、中学2年生の修養会が行われました。
テーマは「友達」。国際基督教大学教会牧師の北中晶子先生を講師にお迎えし、県外の宿泊施設にて2泊3日の充実した時間を過ごしました。

北中先生による1回目の講演は、「友達とはなにか」が大きなテーマです。
人それぞれ友達に対する考え方が違うことを確認した後、先生からは「私と友達は違う生き物。そこから始めることが大切だ」というお話をしていただきました。
「『友達』というテーマは、人生で一番大事なテーマ。どうしたら友達になれるかということで皆たくさん悩んでいる。友達になるということに、国籍、年齢、健康状態などは関係ない。国家間の政治も、どうしたら友達になれるかで展開していく」と先生は語られました。

続いて、クラスメイトと少人数での1回目のディスカッションに移ります。
北中先生からは、「どうしたら友達なのか、他人である私達はそもそも分かり合うことができるのか」というお題が出されていました。
1つ目の問いに対しては、関係性の近さがあってこそ友達だと考えている人が多くいました。
また、2つ目の問いについては、「人は皆別々であり、たとえ分かり合える部分がなかったとしても、分かり合おう、理解し合おうとすることが大切だ」という意見が多く見られたことが印象的でした。

北中先生による2回目の講演では、友達や家族の愛、そして神様の愛についてのお話を伺いました。
一人ひとりに無限の愛を注いでおられる神様は、「自由選択」ができる存在として人間を作ってくださっています。
各自がよい選択をし、お互いのことを思いやることで本当によい世の中になるように私たちは作られていると先生は話されました。

2回目のディスカッションでは、他クラスの班と一緒に、「自分は相手にとってどんな友達になりたいか」という問いを中心に自由に話し合いをしました。
「ありのままの自分でいられる」、「本音で語り合い、支え合い、高め合える」、そのような関係を多くの人が望んでいることが感じられました。
同時に、多くの班で語られたのは、友達と関わるときに生じる難しさです。
価値観や感覚の違いによるすれ違いや衝突、「空気」を意識する息苦しさなど、日頃感じている悩みも率直に話し合うことのできたディスカッションでした。

3日間の集大成となる全体会では、さらに2時間にわたり熱い議論が繰り広げられました。学年全員が集まった話し合いの場では、沢山の人が自分の意見を積極的に発表し、手が絶えず挙がっていました。
本当に思っていることを言い合える、それが私たち中学2年生の良さであり、一つの友達としてのあり方ではないかと思いました。

最後の閉会礼拝で、北中先生は、「私たち皆を決してあきらめない人がいる。見えないし、触れられないが、それが神様なのだ」とメッセージをくださいました。
それは修養会の主題聖句「コリントの信徒への手紙Ⅰ 13章4節~7節」が表すとおりです。7節には、「(愛は)すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える」と書かれています。
「ずっとあきらめない神様の愛が、私たちには注がれている。だから、私たちもあきらめず、これからも友を見つけ、友を信じていこう」と、先生は語ってくださいました。

完璧でなくていい、許しあって思いやりを持ってこそ、真の友達です。互いを尊重して相手を受け止める、それが友達という関係の素晴らしさなのだと感じました。 

今回の修養会には、ディスカッションや講演の他にも、レクリエーションや映画鑑賞もあり、楽しいひとときを過ごしました。無事終えられたことに感謝し、この修養会で得た様々な経験を活かして、よりよい友達関係を築いていきたいと思います。

講演(1日目)

ディスカッション(1日目)

ディスカッション(1日目)

ディスカッション(1日目)

食事風景(2日目)

ディスカッション(2日目)

ディスカッション(2日目)

レクリエーション(2日目)

全体会(3日目)

礼拝での壇上報告(校内)